なぜホンダだけが「センタータンクレイアウト」を実現できたのか? 当時の資料を紐解きながら改めて振り返る ホンダの独自技術として知られる「センタータンクレイアウト」。 どのような経緯で誕生したのでしょうか。当時の開発背景も交えて振り返ります。ホンダの独自技術「センタータンクレイアウト」とは?ホンダの独自技術「センタータンクレイアウト」とは?【画像】「えっ…!」これがマネされない「ホンダの技術」です!画像で見る(22枚) ●「人のスペースは最大に、メカは最小に」という思想 ホンダのクルマづくりの哲学として古くから受け継がれている「M・M思想」。 これは「マン・マキシマム/メカ・ミニマム」の頭文字をとったもので、「人のためのスペースは最大に、メカニズムのためのスペースは最小に」という意味を持っています。 限られたボディサイズの中で最大限の有効スペースを確保するという考え方です。 この思想の原点は1967年に登場した軽自動車「N360」にあります。 ボディサイズの限られる軽自動車でありながら、大人4人が余裕を持って座れるようにと、小型軽量な空冷2気筒エンジンやプロペラシャフトが不要なFFレイアウトを採用するなど、メカニズムをコンパクトに抑える工夫がなされていました。 ●センタータンクレイアウトとは何か? このホンダの独自技術として、2001年に登場した初代「フィット」に採用されたのが「センタータンクレイアウト」です。 これはその名の通り、クルマのセンター(中心部)となるフロントシート下に燃料タンクを配置するものです。 従来、燃料タンクはリアシート下のスペースを占めていましたが、これを移設することで革新的な室内空間の活用が可能になりました。このレイアウト変更によって実現したのは以下のような特徴です。ーーー 1. リアシートのアレンジの幅が大きく広がった 2. 低床化によって室内高を確保できるようになった 3. リアシートをダイブダウンさせて格納することで低く広大な荷室スペースを実現 4. リアシートの座面を跳ね上げることでミニバン並みの1280mmの室内高を実現ーーー 特に、座面を跳ね上げれば観葉植物のような背の高いものも積載できるようになるなど、他のコンパクトカーとは一線を画す室内空間を実現することができました。 ●世界一のスモールカーをつくる挑戦 センタータンクレイアウトが誕生した背景には、当時のホンダが直面していた環境の変化がありました。 1990年代後半、先進国では地球温暖化対策としてCO2削減への取り組みが加速し、欧州では企業別平均CO2排出量に関する基準が提案されていました。 当時の社長・川本信彦氏から「スペース効率に優れたFF車のパイオニアであるホンダとして、M・M思想を突き詰めたスモールカーをつくれ」という檄が飛び、グローバルスモールカーの開発が始まります。 開発責任者に就任した松本宜之氏は、「世界一のスモールカーを目指す。ホンダが持てる最新技術を駆使して、世界にあまたあるスモールカーを全部まとめて圧倒できるような機能と価値、言うなれば『唯一無二の価値』を実現したい」と考えていました。「ヴェゼル」のチップアップ&ダイブダウン機構付6:4分割可倒式リアシート「ヴェゼル」のチップアップ&ダイブダウン機構付6:4分割可倒式リアシート ●常識を覆すアイデアの誕生 開発チームは欧州の市場調査で、スモールカーがいかに多様な使われ方をしているかを目の当たりにします。 イタリアの若者は友人を乗せてぎゅうぎゅう詰めで出かけ、ドイツでは大量の買い物を積み、フランスでは家具まで運ぶ姿を見ました。 そんな中、商品企画部門から面白い提案が上がりました。リアシートを畳んで収納し、広大なラゲッジスペースを作り出そうというアイデアです。 当時、リアシートが収納できるスモールカーは珍しくありませんでしたが、操作が複雑で、収納しても荷室の床が高くなってしまうという課題がありました。 提案には、燃料タンクを「定位置」であるリアシート下からリアタイヤの間に後退させることで、リアシートを低く収めるアイデアが盛り込まれています。 背もたれを畳むと同時に座面を前方にスライドさせ、背もたれの背面を荷室の床とフラットになるよう潜り込ませる「ダイブダウン機構」です。 ●革新への道のり しかし、リアタイヤの間に燃料タンクを移すと、スペアタイヤの置き場所や4WD車の開発に支障が出るという課題が浮上しました。 開発チームは何度も検討を重ね、1998年1月6日、松本氏とシャシ設計の開発責任者・奥康徳氏は、フロントシート下のスペースに燃料タンクを配置するという画期的なアイデアにたどり着きました。 社内の反応は散々だったといいます。コストを始めとするさまざまなデータを突き付けられ、考え直すよう何度も説得されました。 最初の評価会では「こんなに大きくして燃費が出るのか」「センタータンクとかいうが、いったいいくらかかると思っているんだ」と厳しい指摘が相次ぎました。 転機となったのは、ある評価会での一言。「構造を変えるくらいのことをやらなければ世界には勝てない。コストばかり攻めても、ホンダらしい商品は生まれないだろう」。この発言が、センタータンクレイアウト実現への道を開きました。 ●技術的な課題の克服 センタータンクレイアウトを実現するためには、クルマ全体の設計を見直す必要がありました。 シャシ領域では、リアサスペンションをH型トーションビーム式とし、ダンパーとスプリングを別体配置することで、スペアタイヤを従来通りの位置に収めながら低くフラットな荷室を実現。 また、コンパクトな新エンジン「i-DSI」(Dual & Sequential Ignition:2点位相差点火)と、前面衝突の衝撃を短いストロークで吸収するアーチ型サイドフレームは、エクステリアデザインが狙いとする超ショートノーズのワンモーションフォルムを可能にしました。 当初懸念された前後重量配分も、新開発の軽量エンジンなどが功を奏し、FF車にとってほぼ理想といえる6対4の前後重量配分を実現できました。ホンダ初代フィットホンダ初代フィット ●市場での成功と技術の展開 2001年6月に日本で発売されたフィットは、常識を覆す広大な室内空間と機能性に加え、個性的なデザインと優れた燃費性能を兼ね備えた革新的なスモールカーとして大ヒットしました。 発売から6年後の2007年6月には、世界累計販売200万台を達成。日本に限れば、発売から6年6カ月(78カ月目)で累計販売台数100万台を達成し、当時のホンダ最速記録をマークしています。 センタータンクレイアウトは、その後の歴代フィットはもちろん、7人乗りコンパクトミニバンの「モビリオ」や「フリード」、ステーションワゴンの「エアウェイブ」などにも採用されました。 2011年に登場した初代「N-BOX」にも軽自動車用のセンタータンクレイアウトが採用され、2015年から2022年にかけて8年連続で軽四輪車新車販売台数第1位を獲得するベストセラーとなりました。 N-BOXシリーズは累計100万台を5年(60カ月目)で、200万台を9年5カ月(114カ月目)で達成し、フィットが持っていた最速記録を塗り替えるほどの成功を収めています。 ●技術開発の本質 センタータンクレイアウトの実現を左右したものは非常にシンプルです。「思いつくか、つかないか」、そして、「実行するか、しないか」。シンプルですが、エンジニアに問われる資質そのものと言えるでしょう。 初代フィット開発の最前線でセンタータンクレイアウトに取り組んだ奥氏は、「画期的なセンタータンクレイアウトですが、燃料タンクをフロントシートの下に持ってくるという技術がお客様に支持されたわけでは決してないのだ、ということを忘れてはいけません。すべての出発点は、かつてないスモールカーの価値をお客様に提供したいという1点に尽きる。そして、それを実現するための手段の1つがセンタータンクレイアウトなのです」と語っています。 LPLとして初代フィットを作り上げた松本氏も、「無謀で高い志とともに、お客様や世の中にとっての価値をまっすぐに問い続けた結果、常識を覆すイノベーションを起こすことができた。ホンダのチャレンジの歴史を紡ぐことができた」と振り返っています。 ホンダのセンタータンクレイアウトは、「お客様に提供したい価値」を追求し、困難な技術的課題を乗り越えて実現した革新的な技術の好例と言えるでしょう。 その精神は、ホンダのクルマづくりの哲学「M・M思想」とともに、今なお受け継がれています。