これまで日本にはたくさんのクルマが生まれては消えていった。そのなかには、「珍車」などと呼ばれ、現代でも面白おかしく語られているモデルもある。しかし、それらのクルマが試金石となったことで、数々の名車が生まれたと言っても過言ではない。【画像ギャラリー】「機能が形を決める」という思想に基づいた400Rの内外装の写真をもっと見る!(6枚) 当連載では、これら「珍車」と呼ばれた伝説のクルマや技術などをピックアップし、その特徴を解説しつつ、日本の自動車文化を豊かにしてくれたことへの感謝と「愛」を語っていく。今回は、28年を経てその歴史的価値をさらに高めることとなった、NISMO 400R(BCNR33)を取り上げる。文/フォッケウルフ、写真/日産スカイラインGT-Rファンに捧げる究極の回答 1997年、日産のワークスチューナー「NISMO(ニスモ)」は「400R」と名付けられた驚愕の1台を世界に向けて送り出した。スカイラインGT-R(BCNR33)をベースにニスモが手掛けたカスタムカーだが、その中身はル・マンをはじめとするニスモがレース活動で培ってきた技術が惜しみなく注ぎ込まれていた。 日産直系のモータースポーツ部門が公式に開発・販売したコンプリートモデルというだけでも強烈なインパクトだが、生産台数はわずか99台。「ただ速ければいい」という単純なチューンをよしとせず、R33 GT-Rが掲げる「操る楽しさ」という哲学を忠実に継承し、それをより洗練させている点も注目に値する。 誕生と同時に伝説となった400Rは、GT-Rの理念を象徴する存在として歴史に刻まれている。NISMOがR33型スカイラインGT-Rをベースに開発したコンプリートカー「400R」。サイドスカートは空気の流れを整え、高速走行時の安定性を高める役割を果たす 400Rのスタイルは、ひと目で特別な存在であることを感じさせると同時に、「形=機能」であることを見事に証明している。 フードトップモールはR32時代のグループAレースで得た実績をフィードバックし、ラジエーターへ効率的に走行風を導く。バンパーの大型エアインテークは、ビッグサイズのインタークーラーが本領を発揮するための必然の造形だ。 さらに高温になりやすいエンジンオイルを冷やす空冷式オイルクーラー用ダクト、制動系を支えるブレーキ冷却用エアダクトも配置。細部に至っては、バンパーとインタークーラーの隙間すら「インタークーラーエアガイド」で封じ、冷却効率を徹底的に追求している。 リアには可変式カーボン製ダブルウイングを装着。スポーツ走行時に適切なダウンフォースを発生させながら、存在感あるリアビューを形づくる。400R専用ワイドタイヤに対応したオーバーフェンダーが力強いスタンスを与え、サイドスカートからリアバンパーへと続くラインは、美しく流れるようなフォルムを描く。全体の造形は、まさに“走りのためのデザイン”そのものだ。名機のよさをさらに引き出した「RB-X GT2」 「機能とデザインの融合」という思想は、インテリアにも徹底されている。特に運転席まわりは「わかりやすく、操作しやすい」を基軸に、ドライバーとクルマが一体となるための工夫が随所に盛り込まれている。 まず目を引くのは400R専用コンビネーションメーター。320km/hフルスケールのスピードメーターと、11,000rpmまで刻まれたタコメーターを備え、視認性を確保しながら400Rエンブレムで特別感を演出する。3連サブメーターも専用仕様で、ブースト圧やフロントトルクなどスポーツ走行に欠かせない情報を高精度で伝える。 操作系もまた400Rならではだ。ステアリングは専用ホーンボタンを備え、シフト周りには確実な変速を可能にするソリッドシフトとチタン製シフトノブを採用。手にした瞬間、スポーツ走行のために作り込まれた「本物」であることを実感できる。素材面でも抜かりはない。 シートやドアパネルにはタイプR用バケットシートと同じ専用生地を採用し、コンプリートカーとしての統一感と特別感を演出。インテリア全体は、ドライバーを中心に据えた「走りの道具」としてまとめ上げられている。リアにはカーボン製リアウイングを装備し、スポーツ走行時に必要なダウンフォースを確保すると同時に、リアビューに力強い存在感を与えている 走りを志向するスポーツカーにとってエンジンの特性はなによりも重要な要素だ。400Rも例外ではなく、そのボンネット下には特別に仕立てられた直列6気筒ツインターボ「RB-X GT2」エンジンが搭載される。 ベースは第2世代GT-Rに搭載された名機、RB26DETTだが、400Rのために徹底的に作り直されたその中身は、もはや別物と言っていい。 排気量は2.8Lに拡大され、N1耐久仕様をベースにした強化ブロックに、ボア拡大とストローク延長を施し、専用鍛造クランクシャフトとコンロッドを組み合わせる。鍛造クーリングチャネル付きピストンや専用ピストンリング、さらにオイルジェットによる冷却強化が加えられ、極限の負荷にも耐えうる剛性を獲得した。 その結果、当時として驚異的とも言える400ps/6800rpm、47.8kgm/4400rpmを達成。単なるハイパワー化に留まらず、「壊れない強さ」までも備えた点こそが、RB-X GT2の真骨頂と言えるだろう。 過給機にはN1耐久仕様のメタルタービンと強化アクチュエーターが採用された。吸気にはハイフローエアクリーナーを備え、高回転域でも息切れしない大容量の吸気を可能とした。排気系にもぬかりはなく、SUS304フロントパイプ、レーシングキャタライザー、そしてチタン製デュアルエキゾーストマフラーを組み合わせることで、排気抵抗を最小化しつつ軽量化を達成した。 RB-X GT2エンジンが持つ動力性能の高さは400Rの最たる魅力だが、排気量を拡大して圧倒的なパフォーマンスを獲得する一方で、「熱」という大きな課題を抱えることになった。とりわけ毎分10万回転にも達するタービンでは発生熱が大きく、排気温度を上昇させ、シリンダーに送り込まれる空気の酸素密度を低下させてしまう。これは過給効率を損ない、パフォーマンスを削ぐ要因になりかねない。 そこで投入されたのが、専用の高効率クーリングシステムである。大容量アルミラジエーター、高性能インタークーラー、そして空冷式オイルクーラーといったアイテムは、いずれも熱を制御するために徹底して最適化された。 さらに注目すべきは冷却空気の取り込み方である。開口部にはどんな小さな風も逃さない気密性の高いエアダクトが設けられた。これにより、走行風を効率よく導き、過給効率の向上とともにエンジンの温度をつねに適切な範囲に維持することを可能にした。ドライバーが意のままに操れる伝達機構 動力の伝達を担う駆動系も新開発ツインプレートクラッチを採用して強化された。一般的なチューニングカーなどで使わるツインプレートクラッチは、トルク伝達能力は高いが、ペダルが重く、半クラッチ操作が難しくなるため街乗りには不向きだった。 しかし400Rのクラッチは違う。強化品でありながらノーマル同等の軽い踏力で半クラッチ操作もスムースに行えるので、日常の走行でも「意のままに操れる」感覚が味わえた。 駆動系のもう一つの注目点が、カーボン製プロペラシャフトの採用だ。素材にカーボンファイバーを採用したことで従来のスチール製に比べて大幅な軽量化を実現し、慣性モーメントを約40%低減。これにより加速性能の向上と高い安定性を両立させている。もちろん強度・耐久性についても妥協はなく、ハードなスポーツ走行にも耐えうる仕様だ。 足まわりはR33 GT-Rの基本構造を受け継ぎつつ、400馬力の高出力エンジンと超ワイドな275サイズのタイヤとのマッチングを考慮したセットアップが施されている。専用コイルスプリングとビルシュタイン製ショックアブソーバーの組み合わせをはじめ、マウント部にはすべて強化ブッシュを用いることで、スポーツ走行に不可欠なダイレクトな操縦フィールを獲得した。 さらにフロントには適切なキャンバー角を与える専用リンクを採用し、剛性の高いチタン製ストラットタワーバーを追加。これにより、信頼性とシャープなハンドリングが両立されている。 速く走る以上に重要なのが確実に止まる性能だ。ブレーキはパッドそのものを専用仕様へ変更。さらにペダルに込めた力を正確にパッドへ伝えるため、シリンダーの前後方向のブレを抑えて剛性感のあるペダルフィールを実現するマスターシリンダーストッパーも備えた。 こうした走りの根幹を支える部分に強化を施したことも、400Rが「単なるハイパワーGT-R」ではなく、「ドライバーの意志に応える完成度の高いマシン」として評価される理由である。運転席まわりはφ360mmの専用ステアリングをはじめ、すべての装備が「わかりやすく、操作しやすい」という原則に基づいて作られている。ステアリングセンターにはオリジナルのカーボン調ホーンボタンを備え、視覚的にも400Rであることをアピール 400Rとは、スカイラインGT-Rをベースに、NISMOがレースで培った経験とスポーツオプション開発のノウハウを惜しみなく注ぎ込んで作り上げた、GT-Rファンに捧げる究極の1台である。 しかし、その存在意義は単なるハイパワーを誇示することではない。街なかからワインディング、そしてサーキットまで、あらゆるシーンでドライバーの存在を余すことなく引き出す。この思想こそが400Rの真髄だ。 1997年のデビューから数えて、すでに28年。わずか99台のみ生産された400Rは、いまや“伝説”として語り継がれている。中古市場においてはオークションで1億円台後半から億超えの落札例があり、展示や輸入販売では数億円に達するケースもある。その希少性と象徴性は、もはや「国宝級」と表現しても過言ではない。 400Rは今や、単なるクルマの枠を超え、真のコレクターズアイテムとして存在している。価格以上に、GT-Rというブランドとモータースポーツの歴史を凝縮した“象徴”であることにこそ、その価値があるのだ。