スズキ「フロンクス」のフロントビュー。全長約4mのショートボディを伸びやかに見せる巧みなデザイン(筆者撮影)(井元 康一郎:自動車ジャーナリスト)「バレーノ」の雪辱を果たせるか? スズキがインド製フロンクスに託した執念 インド市場を得意とするスズキが2024年10月に発売した小型クロスオーバー「フロンクス」。インドの合弁会社マルチ・スズキで生産された車両を日本に輸入する“インド車”である。 スズキは2016年、日本メーカーとしては初めてインド車「バレーノ」を日本に導入したことがある。だが、販売は発売当初から不振で、本拠地である静岡県浜松市でもその姿を目にすることは稀というくらいの車となってしまった。そのため、フロンクスは日本における普通車ラインアップの強化だけでなく、インドモデル販売の再チャレンジという使命も負っている。スズキが2016年に発売したインド製ハッチバック「バレーノ」(写真:共同通信社) 新商品発表会で鈴木俊宏社長は「日本と同等品質を達成できたと考えている。インド製ではなくスズキ製と思っていただいていいと思う」と、日本への適合性を高めるための仕様変更から品質管理まで、改革に相当の力を注いだことを強調した。 だが、アジアンモデルを先進国で販売するのは自動車メーカーにとって生易しいものではない。スズキに限らず一見イケてるクルマをアジア向けに作っているケースは結構あり、日本でも売ればいいのにという声も少なくない。にもかかわらず日本に導入できないのは、「性能や品質を日本のお客さまの要求水準に合わせるのが難しい」(自動車メーカー関係者)からだという。 果たしてフロンクスも船出は順風満帆ではなかった。一部の車体色で塗装不良が見つかり、その修正にかなりの時間を要した。昨年末にはオーストラリアの衝突安全試験で1つ星評価となり、試験中に後席シートベルトの製造不良が確認されるということがあった。 とりわけ後者の問題はブランドの信頼性に関わる重大事。スズキは問題のある製造ロットをいち早く割り出すなどトレーサビリティの高さを見せたが、そもそも安全装置の製造不良はあってはならないことだ。世界の生産拠点の品質を均質化するのがいかに難しいかが浮き彫りになった事案と言える。 それでもフロンクスの販売は好調だ。インドでは昨年11月末時点で、発売後32カ月で累計販売台数が40万台を突破するなど勢いは加速。インドの需要に対応するため日本への輸出は年間1万2000台と少なく設定していたが、完売状態が続いているという。 筆者はそのフロンクスについて3300kmあまりロードテストを行い、経済性、快適性、走行性能、実用性などを多角的に検証してみた。フロンクスのリアビュー。インドで販売されているサブコンパクトクラスの第2世代「バレーノ」をベースに作られている(筆者撮影) まずはフロンクスの成り立ちについて簡単に触れておこう。全長3995mm×全幅1765mm×全高1550mm、最低地上高170mmの小型クロスオーバー。エンジンは1.5リットル自然吸気にごく小さい能力の電気モーターを付加したパラレル型のマイルドハイブリッド。変速機は6速AT。フロンクスの全高は旧式の立体駐車場にも入れられる1550mm(筆者撮影) 日本では輸入車となることもあってグレードを設けておらず、税込み価格254.1万円のFWD(前輪駆動)、同273.9万円のAWD(4輪駆動)の2つの仕様があるのみ。装備はオーディオ&カーナビも含め、最初から“全部入り”だ。ロードテスト車はFWDで、ETC2.0、ドライブレコーダーなどのディーラーオプションが追加されていた。 試乗ルートは東京~鹿児島周遊で、総走行距離は3331.8km。西行きの往路は山陽、東行きの復路は山陰回りを選択。通行した道路の大まかな比率は市街地2、無料の新直轄自動車専用道を含む郊外路5、高速3。中国自動車道の最西端、本州と九州を結ぶ関門橋のたもとにて(筆者撮影)突出した性能はないが「これでいい」と思わせる、スズキ流・顧客心理の突き方 では、レビューに入っていこう。まずは商品面についてだが、際立った美点を持つタイプのクルマではない。 サブコンパクトクラスのクロスオーバーとしては荷室が少し小さめだが実用性は十分、燃費はハイブリッドと純エンジン車の中間、動力性能は速さはないが走るのには困らない、乗り心地は滑らかではないが東京~鹿児島という長距離を走っても嫌になるような感じではない――と、万事“まずまず”の性能。それをちょっとイケてるデザインで包み、カーナビ込み254万円という値段で売るという感じのクルマだった。ポジションライトが上段、ロードランプが下段という構成のライティングシステム。細部までジュエリックにデザインされている(筆者撮影)左ユニットが777に見えるテールランプ(筆者撮影) 筆者がフロンクスにすごみを感じたのは、実はまさにその点だった。フロンクスの売りは、車体長4mアンダーというショートボディであることをまったく感じさせない伸びやかなデザイン。ロードテスト中もフロンクスの最も大きな勝ち点はとどのつまり、このアイキャッチ性だなとしばしば思った。 フロンクスは強いブランド力を持っているわけではない。単にデザインフォースだけの見掛け倒しであれば、人気は持続しないだろう。しかし、ファミリーカーとして日常使いから遠乗りまで十分にこなせるだけの能力をしっかり備え、経済性も高い。 254万円という価格はクラスを考えると特別安いわけではないものの、現実的な価格で購入可能であることは事実。となると、顧客がためらう理由がなくなっていく。 自動車市場における競争といえば、ライバルに機能や性能でどう差をつけるかという点がクローズアップされがちだが、セールスにおける真の対戦相手はカスタマーだ。いくらライバルに差をつけたとしても、それが顧客の納得を得ることにつながらなければクルマは売れない。カスタマーに「これならいいか」と思わせるという点については、フロンクスは非常にいい素養を持ち合わせているように思われた。 もうひとつのポイント、「インド製は大丈夫か」ということについてだが、2016年発売のバレーノに比べると大きく進歩した。 バレーノはエアコンの風量が日本向けのクルマでは類例がないくらいに大きいなど、インド仕様ならではの面白さがあった半面、合成皮革のシート地の縫い目に波打った場所があったりと、日本製に比べて明らかに精度の劣る部分が随所に見受けられた。 フロンクスは少なくとも一見して分かるような仕立ての粗末さはまったく見当たらず、凸凹のきつい道を走ったときの内装のビビリを抑えるデッドニングも適切に行われているなど、商品性の確保について長足の進歩を遂げた。いまだインドからのクルマの供給は順風満帆とは言えないが、着実に前進しているという印象だった。スズキ「フロンクス」(霞に浮かぶ桜島をバックに筆者撮影)全長4mとは思えない後席の開放感、インド市場で磨き上げた「居住性」 項目別にもう少し深掘りしていこう。居住性は全長4mクラスの低車高クロスオーバーとしては十分以上のものがあった。 特に優れていたのは後席の居住性である。多人数乗車が主体のインドでは後席の広さは商品評価の中でも最重要項目だ。そのためか足元空間、頭上空間とも豊かで、かつ長時間乗車時の疲労度合いを左右する着座姿勢も良好だった。ドア開放の図。後席の開口部は上端が高く、水平にデザインされており、乗降性は良好だった(筆者撮影)多人数乗車のしやすさが求められるインド向けモデルらしく、後席スペースは広大だった(筆者撮影) 先進国マーケットでは小型車の内装に関して、コストダウンのため前後席で内装材やデコレーションを差別的に作るケースが増えているが、それが公平に作られているのも後席を大事にしていることの表れと言える。 シートの疲労耐性は極上というわけではないが、前後席とも長時間の着座で不満が出ない水準はしっかりクリアしている。4名乗車の機会が多いファミリーの使用にも十分に耐える。前席は乗用車然とした空間設計。シートは簡素だが長距離ドライブにバッチリ耐えた(筆者撮影)後席はとくに膝元空間の余裕が大きく、圧迫感は小さかった(筆者撮影) 内装デザインはバーガンディと呼ばれる葡萄色の素材を配した2トーンカラーであることが特徴だ。質感自体は高いものではなく、樹脂部分や合成皮革のタッチ、ピアノブラックの加飾パネルの光沢感や黒色の深みなど、さまざまな部分が低価格車然としたものだった。 それを粗末に感じさせないのはダッシュボードをはじめとした各部の造形が巧みなことによる。奇抜なアイデアを過剰に盛ることなく、それでいて情感豊かな仕上がりは、コストアップにならないサービスはいくらでもやるというスズキスピリットあふれるインテリアと言える。コクピットを後席より俯瞰。細部まで精緻な造形が与えられているのが印象的だった(筆者撮影) 全長4mの車体で居住空間を広く取った分、いささか割を食っていたのは荷室である。メジャーで測ったところ荷室の奥行きは66cmと、Bセグメントクロスオーバーとしては少し狭い。同じインド車で車体が長いホンダWR-Vが居住空間、荷室の両方について豊かなスペースを確保しているのに比べると見劣りする。 それでも荷室の床のボードを外せば300リットル強にまで拡張できるので、4人+キャンプ用品くらいのドライブは十分こなせるだろう。真横から見た時のみ全長4mというショートボディであることを実感する(筆者撮影)全長4mで室内を広く取った分、荷室はいささか割を食った感があった。だが、バンパーレベルとフロアを合わせるボードを落とせば海外旅行サイズのトランクを積み込めるくらいの余裕はあった(筆者撮影)静粛性は合格点も「路面の突き上げ」に課題 日本仕様のフロンクスはインド仕様とはサスペンションチューニングを変え、快適性を上げているというのが新商品発表時のスズキのエンジニアの主張だった。その目的は半分達成、半分未達成という感があった。 達成されていたのはフラット感の高さである。開通から時間が経ち、路面がうねりだらけになった高速道路の老朽化路線でも車体が上下にバウンシングすることなく、悠然とクルーズすることができた。ピッチング(前後方向の揺れ)に弱いショートボディであることを考えると十分以上の及第点と言っていい。 惜しまれるのは、それだけのフラット感を実現させていながらハーシュネス(路面のザラつきや突き上げ)については平凡なフィールだったこと。エッジの立った路盤の段差や舗装の陥没、補修跡を踏むと、明瞭なガタガタ感が出た。これが滑らかであれば、フロンクスはミニマムなクロスオーバーとしてさらに価値を上げられたことだろう。 振動や衝撃は拾うものの、静粛性は十分に高かった。フロンクスのオーディオはハイクオリティなものではないが、そのボリュームをむやみに上げずとも音楽を聴き続けることができた。信楽高原の渓谷にて。都市型クロスオーバーだが、こういう風景にもよく溶け込む(筆者撮影)地方部の日常使いや長距離移動に適したフロンクスの実録燃費 フロンクスのパワートレインは1.5リットル直列4気筒エンジンと6速AT、最高出力3.1馬力と非常に小さい能力のDC(直流)モーターを組み合わせたマイルドハイブリッド。WLTCモード走行時の公称燃費は総合19.0km/リットル(市街地15.1km/リットル、郊外路19.3km/リットル、高速道路21.2km/リットル)となっている。 この数値はBセグメントとしては平凡なものだが、実路での燃費はトップグループではないにしても、十分に経済的と言えるレベルだった。満タン法によるステージ毎の平均燃費は、以下の結果だった。①東京~夢前(兵庫)走行636.2km、20.3km/リットル備考:新東名の超高速巡航、山岳路など高負荷運転多し②夢前~八代(熊本)705.1km、21.6km/リットル備考:一般道と高速道路を半々の比率で走行③八代~鹿児島市(鹿児島)165.4km、22.4km/リットル備考:制限速度の低い南九州自動車道経由④鹿児島エリア周遊244.5km、15.2km/リットル備考:平均車速10km/h台の鹿児島市街と流れの良い郊外路が半々⑤鹿児島市~下関(山口)363.6km、20.3km/リットル備考:低温環境。一般道中心で平均車速低⑥下関~豊岡(兵庫)495.4km、21.0km/リットル備考:夜間の山陰道、山陰近畿道を高速クルーズ⑦豊岡~名古屋(愛知)275.3km、23.6km/リットル備考:一般道をのんびりペースで走行⑧名古屋~横浜(神奈川)389.4km、20.2km/リットル備考:東名、新東名をクルーズ。平均車速超高 郊外路、高速道路においては安定して高い経済性を発揮し、混雑した市街地では燃費を大きく落とすという傾向が顕著だった。 渋滞発生率が全国の県庁所在地の中で最も高く、シラス台地地形で標高差100~200mの登り降りが多い鹿児島市ではリッター13kmどまり。標準的な混雑で地形も平坦な市街地ではリッター16~17kmと推定された。 長距離移動においては全ステージ、リッター20kmを超えた。これらのリザルトを見るに、都市部を中心に乗り回すのにはあまり向いていない半面、地方部の日常使いや長距離移動の多い顧客にとっては十分経済的な運用が可能と言えそうだった。燃費はおおむね良好で、渋滞全国ワーストの鹿児島市街地を除き安定してWLTCモード燃費値を上回った(筆者撮影)1070kgの軽量ボディがもたらす機敏な走り、動力性能には限界も フロンクスはBセグメントのクロスオーバーだが、全長は4mと、さらに下位のクラスのクロスオーバー並みに短い。車体が小さい分ウェイトも1070kgと軽く、Aセグメントのダイハツ「ロッキー」/トヨタ「ライズ」のストロングハイブリッドと同等だ。 BセグメントのシャシーにAセグメントの軽さという特質は運動性能にはプラスとなる。ワインディングロードでは十分に機敏な動きを見せたし、101馬力と非力な1.5リットルエンジンでも低・中速域では出足良好だった。エンジンは排気量1.5リットル。効率は大変良かったが、高速道路や登り急勾配ではやや非力(筆者撮影) ただ、一般ユーザーにはあまり関係ないことだとは思うが、ステアリングを切り込んでいくのと正比例してロールが深まっていくといったハンドリングの質的な面のチューニングはそれほど卓越したものではない。195/60R16という車重に対して余裕のあるタイヤのグリップ力で強引に安定性を確保しているという印象だった。タイヤは195/60R16サイズのグッドイヤー「トリプルマックス2」。インドモデルと同銘柄だが日本向けに専用チューンされているという(筆者撮影) 高速域では直進性は十分だった半面、動力性能については101馬力というエンジンの絶対的な出力の低さがややネガティブ要素になってくる。 制限速度120km/hの新東名で追い越しをかけるようなシーンではキックダウンをしても加速に余裕がない。あくまで悠然とクルーズするためのクルマと言える。絶妙なバランス感覚が生んだヒット、フロンクスが示したスズキ製インド車の未来 世界のどの生産拠点でもスズキ製と言えるクルマ作りを目指すスズキが試金石として日本市場に放ったフロンクス。 傑出した部分があるわけではなく、254万円という価格もこのクラスのクロスオーバーとしては特別安いわけでもないのだが、性能、ユーティリティ、経済性、デザインのバランスを絶妙に取ることで購入に踏み切らせる商品の作り込みは見事というのが、東京~鹿児島ロードテストを終えての感想だった。薄明の弱い光を当てるとこのクラスとしては異例ともいえるボディパネルの彫りの深さが見てとれる(筆者撮影) 先に述べたように、インド生産車を先進国に導入するというスズキの試みはすべてが順調にいっているわけではない。フロンクスだけでなくクロスカントリー4×4の人気モデル「ジムニーノマド」でも塗装品質で問題を出すなど、いまだ“産みの苦しみ”の段階だ。 しかし、これを乗り越えればグローバル生産の新しい形も見えてこよう。スズキのトライの今後は要注目である。スズキ「フロンクス」(富士山をバックに筆者撮影)関連記事インドでバカ売れしているスズキのSUV「フロンクス」、日本発売で心血を注いだ仕様変更と重要なミッションスズキvs BYDの新たな「軽EV戦争」が始まる!クルマ作りの哲学がぶつかり合う両社の次世代モデルを比較スズキ新型コンパクトSUV「FRONX」、発売前にプロトタイプ試乗…大注目の理由は「かっこよさ」だけではなかった!