世界的な電動化の波と、欧州主導のルール変更――。いま大きな転換点に立たされている日本の自動車産業。だが実は、日本メーカーはこの局面を何十年も前から見据えていた。なぜBEV一辺倒に走らず、ハイブリッドという独自路線を磨き続けてきたのか? その背景にある“日本流ものづくり”の戦略を紐解く。本稿では、『教養としてのニッポン自動車産業史』の内容を踏まえつつ、書籍では触れられなかった最新動向について解説する。前編記事『プリウスはなぜ欧州では売れなかった?「出る杭を打つ」ヨーロッパの“よそ者いじめ”を跳ね返した「トヨタの戦略」』より続く。トヨタは「欧州お得意のルール変更」には屈しない…いま、日本車メーカーが「BEVで世界最高レベル」といえる理由欧州メーカーがたどり着いたマイルドハイブリッドじつは筆者が取材した日本メーカーのエンジニアたちは、最初からほぼ全員が「欧州の2035年エンジン車販売禁止はムリ」と言っていました。たとえ中国の台頭がなくとも、充電インフラの不足や航続距離、バッテリーの安全性といったBEVの課題が、未解決というのが理由でした。結果はそのとおりになったのです。おそらく当の欧州メーカー陣もそう感じつつ、それでも、「ゴールポストを動かす」ようなルール変更をしなければならないほど、日本のハイブリッド車の台頭に危機感を覚えていたのでしょう。Photo by GettyImages欧州自動車工業会の統計によると、2025年の欧州市場では、BEVが伸び悩む一方で、バッテリーに充電した電力がある間はEVとして走るPHEVをふくむハイブリッド車の販売台数が、純ガソリン車を抜いたといいます。トヨタ方式の高度なフルハイブリッド車は今でも欧州では少数派ですが、エンジン主体で走りながら発電し、低速域や加速中にはモーターでエンジンをアシストする、日本では「マイルドハイブリッド」と呼ばれるシステムを、欧州でも各社がものにしています。結局、彼らも自分たちの環境に合ったハイブリッド車を現実的な選択肢としたのです。日本車メーカーは「世界最高レベルのBEV」を作る準備ができているじつは日本でも、流れのいい郊外で休日に乗る程度の使い方なら、トヨタ方式のフルハイブリッド車のコスパは必ずしも高くありません。ガソリン車より高価な車両価格を燃費の差で償却するには、8~10万km程度を走らなければモトは取れないのです。そもそも渋滞が多くてエンジンの効率が悪い都市部を中心に、年間でもそれぐらい走るタクシーのような使い方が、もっともハイブリッド車の効果が高いのです。しかし数年でそんなに走るサンデードライバーは、なかなかいないと思います。つまりハイブリッド車だけが唯一の正解、といった、単純な問題ではないのです。もちろん、BEVだけが正解でもありません。プリウスZ(プラグインハイブリッド車 2WD)/トヨタ公式HPより環境性能と利便性を両立させるには、使い方やシーンに合わせて最適解を使い分けるという、ある意味当たり前のやり方が正解。じつは多くのハイブリッド車とともに、街乗りにはエンジン車ながら環境性能に優れた軽自動車が活躍している日本のユーザーは、ちゃんとそれを実行しているのです。ひところの日本のマスメディアでは、日本の自動車メーカーはハイブリッドに注力するあまり、BEVの開発競争で出遅れたという論調が見られました。しかし、トヨタ方式のフルハイブリッド車は低速走行中はバッテリーの電力で走るBEV状態だし、日産やマツダなどが採用しているシリーズ式と呼ばれるハイブリッド車は、バッテリーの代わりにエンジンで発電しているだけで、走行装置はBEVと変わりません。技術的にはいつでも世界最高レベルのBEVが作れるのです。「発火事故0の日産リーフ」にみる日本のものづくり精神それならなんで各社が本腰を入れなかったのかといえば、充電インフラが未整備で、リチウムイオンバッテリーの安全性も完全ではない現状では、価格勝負の中国車を相手に消耗戦状態のBEVに全振りする価値はないからです。そして日本のメーカーは、出す以上は完璧を目指すからです。2010年に誕生した世界初の量産BEVの日産リーフが、歴代通算で70万台以上を世界で販売しながら、いまだかつて一台も発火事故を起こしていないのは胸を張っていいことです。大容量のバッテリーを搭載するプリウスのPHEVも同様です。海外メーカー製のBEVは、主にバッテリーが路上で火を噴いたり輸送船上で発火して船を沈めたりといった事故を、各地で起こしています。日本のメーカーはそんなリスクが少しでもある商品を、無責任に世界で大量に売ることはしません。今日の日本車の世界における信頼は、時に慎重すぎる、けれど誠実なその伝統的な姿勢から育まれたのです。最新型プリウス/トヨタ公式HPよりここへきて、安全性が高く、より充電時間が短縮できる全固体バッテリーの開発にメドが付いてきたことから、遠からず日本メーカーのBEVも反転攻勢が始まるでしょう。一方で、日本が世界一の実績を積み上げてきたハイブリッド車の活躍も、充電インフラが未整備の国や地域を中心にまだまだ続くでしょう。次世代自動車の本命とされる、水素から起こした電力で走るFCEVも、トヨタとホンダではいつでも量産可能な段階。トヨタのシステムは大型車での実証も進み、水素供給のインフラ整備が進めば一気に実用化できそうなところまで来ています。いきなり先頭に躍り出て「打たれる杭」になるのではなく、じっくりと実績を積み重ねて、勝負に出た時には誰にも真似のできないレベルで横綱相撲を取る。日本のお家芸ともいえるそんな戦略が、完成しようとしています。トヨタがマルチパスウエイ戦略と呼ぶ、あらゆる動力源に対応できる構えは、もはや欧州勢がどんな難癖をつけてこようとも負けることはないでしょう。スポーツでの海外勢との体格差はいかんともしがたいですが、日本の工業技術の総合力は、欧州勢からのいじめなどには負けないことを、我らが自動車産業は証明しています。・・・・・・【もっと読む】『“小さいランクル”を投入する「トヨタの思惑」…クルマ屋でクルマを買えない異常事態がついに解消か』