コンパクトカーが高くなった理由 小回りが利いて、街乗りに適したコンパクトカー。日常的に使われるカテゴリーだが、その範囲を明確に説明できる人は意外と少ないかもしれない。【画像】「えぇぇぇ!」 これがトヨタ自動車の「平均年収」です!(6枚) 実際、コンパクトカーには法的な区分が存在しない。ホンダの公式サイトでは「ボディサイズが小さめで排気量の小さなエンジンを搭載したクルマ」と説明され、トヨタ系販売店のウェブサイトでも「5人乗りの普通車の中でも比較的小さいクルマ」といった表現が用いられている。一部では排気量や5ナンバー枠を基準にした説明も見られるが、あくまで目安にすぎない。 共通しているのは、軽自動車よりも定員や室内空間に余裕がありつつ、車体は比較的コンパクトで、燃費性能や維持費に優れる点だ。価格もほかのボディタイプに比べ抑えられており、実用性と経済性を重視する層から支持を集めてきた。 こうした特徴に加え、近年は都市部の駐車環境や世帯人数の変化を背景に、以前は中大型のセダンやミニバンを所有していた層が品質を維持したままサイズを落とすニーズの受け皿となっており、市場の成熟が進んでいる。 その人気は販売実績にも表れている。日本自動車販売協会連合会が発表した新車販売統計(2025年4~9月)では、ヤリス、カローラ、ライズといった車種が上位を占めた。かつては実用車や大衆車と位置づけられてきたカテゴリーだが、生活者の価値観の変化によって様相が変わりつつある。 200万円を超える上級グレードや、「プレミアム・コンパクトカー」と呼ばれるモデルが増えているのだ。扱いやすいサイズの中に高い満足度を求める消費者の心理など、一体どのような背景があるのだろうか――。上位グレードに集まる安全装備フィット(LUXE)(画像:ホンダ) 取り回しのよさという点では軽自動車も有力な選択肢だが、コンパクトカーは車体サイズに余裕がある分、衝突安全性能や先進運転支援装備を載せやすい。エネルギー吸収構造の確保や装備の拡張性という面で、有利な側面を持つ。現代の利用者にとって、こうした安全性能は付録のようなものではなく、移動の質を左右する条件となっている。 ただしこうした装備がすべてのグレードに均等に与えられているわけではない。上位グレードで初めて標準化される機能や、下位グレードではオプション扱いとなる装備も多い。原材料費が高騰するなかで、メーカー側も利益率の高い高機能グレードの販売比率を高めて収益を確保する方向へ進んでおり、これがラインアップ全体の高付加価値化を促している。 ホンダ「フィット」はその典例だ。価格を抑えた「BASIC」から上質さを重視した「LUXE」まで複数のグレードが用意され、価格帯も170万円台から290万円台と幅がある。安全面に目を向けると、フィットは全グレードで先進運転支援システム「Honda SENSING」を標準装備し、前席サイドエアバッグやカーテンエアバッグも備えるなど、基本的な安全性能は高い水準にある。 一方で最上位の「LUXE」グレードになると、下位グレードでは非装備または簡略化されがちなフルLEDヘッドライトやLEDフォグライトが標準化され、さらにオプションのマルチビューカメラなどの機能を組み合わせることで、視認性や運転支援の面で一段上の安心感を得られる。安全性は万が一への備えという側面だけでなく、運転時の疲労軽減といった日常的な快適性に結びつく要素としても重視されている。 結果として、安全性や快適性を重視するユーザーほど上位グレードを選ぶ傾向が強まる。こうした装備差の積み重ねが「どうせなら上のグレードを」という心理を後押しし、いわゆる高級グレードや「プレミアム・コンパクトカー」と呼ばれるモデルの需要拡大につながっている可能性は高い。価格だけでなく、装備内容と安心感を重視する消費行動が、コンパクトカー市場にも確実に広がりつつある。デザインで選ぶ層の存在「BMW X1」(画像:ヤナセ) クルマ選びにおいて、実用性や価格だけでなく、自分好みのデザインや世界観にこだわりたいと考える層も一定数いる。ナイルが2025年3月に全国の男女2205人を対象に行った「車のカスタマイズに関する調査」によると、「車をカスタマイズしたいと思いますか、またはしていますか」という問いに対し、36.6%が「はい」と回答した。 さらにカスタマイズの目的については、「デザインや内装をかっこよく、または個性的にしたい」が35.9%で最多となり、「ほかの人と違う車にしたい」という回答も5.8%見られた。これらの結果から、クルマを移動手段としてだけでなく、自己表現の一部として捉える意識が一定程度浸透していることがうかがえる。クルマは所有者の個性を映し出す存在となっており、この傾向はコンパクトカーにおいても変わらない。 こうした志向は、取り回しや価格面で所有しやすいコンパクトカーにおいても例外ではない。サイズや利便性を重視しつつも、内装の質感や装備内容、安全性能で妥協したくないという理由から、あえて上級グレードを選ぶケースも考えられる。 また同等の価格帯でより個性的な外見や装備を求め、外国メーカーのコンパクトカーに目を向ける選択肢もある。輸入コンパクトカーは、メーカーごとの思想が反映された造形や特徴的なカラーリングを強みとするモデルが多い。2024年4月に発表された「かわいい輸入車に関するアンケート」によるランキングでは、1位がミニ、2位がミニ クロスオーバー、3位がポロと、上位をコンパクトクラスが占めた。 注目すべきは、2位に「ミニ クロスオーバー」がランクインしている点だ。これは近年、高級感のあるモデルのなかでもスポーツタイプ多目的車(SUV)スタイルを採り入れた「プレミアムコンパクトSUV」への関心が高まっていることを示す一例といえる。 メーカーにとってこれらの車種は、新しい顧客をブランドの世界に引き込み、将来的なファンを育てる窓口となっている。実際、世界的に見てもコンパクトSUVの市場は一定規模を維持しながら推移している。グローバルインフォメーションが2025年9月に紹介した調査リポートによると、2024年時点で世界のコンパクトSUV市場規模は約5401億米ドルと推定されている。 なかでもプレミアムコンパクトSUVは、高級感のある内外装や充実した装備を備えながら、車体サイズは比較的抑えられており、道路環境が限られる日本でも扱いやすい。車内空間に余裕があり、荷物の積載性にも優れるほか、燃費性能や維持費の面で大型SUVより負担が軽い点も支持される理由だ。 さらに最新世代の運転支援技術が投入されるケースも多く、それでいて同一ブランドの上位モデルと比べれば価格は相対的に抑えられている。こうしたブランドの魅力と実用的価値のバランスのよさが、「BMW X1」や「アウディQ3」といった車種の人気を底支えしていると考えられる。価格高騰が変えた選び方アウディQ3(画像:アウディ) 経済産業省の「生産動態統計」によると、乗用車の生産台数は2019年以降4年連続で減少傾向にあるものの、生産金額は2022年には増加に転じている。高度な安全装備や電子制御部品の増加、半導体価格の上昇が車両単価を押し上げているためだ。 こうした車両価格の高騰化は消費者も認知している。日本自動車工業会(東京都港区)が2024年3月に発表した「2023年度乗用車市場動向調査」では、新車の価格高騰は購入者の約8割が認知し、予算を増やして対応していることが示されていた。 そんななか、購入の際に「特に影響なかった」と答えた人も7割弱いた背景には、少し高くても満足度の高いモデルを選ぶ「手の届く贅沢」という判断が自然な流れとして定着していることがある。また車両価格の上昇にともない、購入時の支払額だけでなく、数年後の売却価格、つまりリセールバリューを意識する傾向も強まった。価値が下がりにくい人気モデルや上位グレードを選ぶことは、所有期間全体の支出を抑える合理的な投資としての側面も持っている。 今後、自動運転支援技術の高度化やコネクテッド機能の拡充が進めば、車両価格はさらに上がる可能性が高い。その一方で装備の差や体験価値の違いはより明確になり、従来の下位グレードで十分という選び方から、長く使う前提で質を重視する選択へと、買い替え需要がシフトしていくことも考えられる。 加えて電動化の進展による電気自動車(EV)やハイブリッドモデルの拡充は、コンパクトカーにおいても高付加価値化を後押しする要因となるだろう。価格だけを基準にした割安な実用車という枠組みから、機能や質感、先進性を重視した納得感のある選択へと、コンパクトカーの役割は変わりつつある。市場の行方とこれからの選択コンパクトカーの「高級化」トレンド。 コンパクトカーの高級化は、一見すると矛盾した動きに映るかもしれない。本来、手頃な価格と扱いやすさが売りだったカテゴリーで、200万円を超えるグレードが当たり前になっているからだ。 だが、消費者の選択基準が根本から変わりつつある。安さを最優先する時代から、安全性や快適性、デザイン性に納得できる対価を払う時代へ。クルマは移動手段としてだけではなく、日常を豊かにする道具として選ばれ始めている。 この変化は今後も続くだろう。電動化や自動運転技術の進展により、車両価格はさらに上昇する可能性が高い。そうなれば「安いから買う」という判断は成り立ちにくくなる。代わりに「長く使えるか」「価値が保たれるか」といった視点が、ますます重要になっていくはずだ。 一方で課題もある。高付加価値化が進めば、本当に手頃なクルマを必要とする層が選択肢を失いかねない。メーカーには、利益率の高い上位グレードに偏ることなく、多様なニーズに応える姿勢が求められる。 クルマ選びは、その人の価値観を映す鏡だ。何を優先し、何に投資するか。その判断は、これからの生活設計そのものと言ってもいい。コンパクトカーの高級化という現象は、私たちに「本当に必要なものは何か」を問いかけているのかもしれない。