近年のクルマは運転支援系の装備の充実も凄まじく、“誰でも運転できる”と言われることもあるほど。しかし、ひと昔前のクルマでは運転支援系の装備などがないだけでなく、非常にクセのあるクルマも珍しくなかったのだ。【画像ギャラリー】不器用だけど一生懸命だったあの頃のクルマを見て!(14枚) 今回はそんなオッサンが懐かしく感じてしまうような“クセ強クルマ”を独断と偏見でピックアップしてご紹介したい。文:小鮒紘一/写真:トヨタ自動車、本田技研工業これぞ昭和のドッカンターボ!/トヨタ スターレットターボ(EP71)FF化されたEP71型スターレット ターボ。スタタボはこの後GT、グランツァVと「どう猛」に進化を続けた 現在のトヨタのコンパクトカーといえばヤリスがその位置を担っているが、その前身であるヴィッツのさらに前のモデルとしてスターレットが存在していた。 パブリカの派生モデルとして登場したスターレットは1984年に登場した3代目モデルでFFレイアウトに一新されたのだが、このモデルにはホットモデルとして新たにターボ仕様が遅れて設定された。 このスターレットターボ、1.3Lの排気量で105PSと現在の基準でみればそこまでハイパワーではなかったが、もともとのシャシー性能がそこまで高くなかったことや、まだまだ前輪駆動レイアウトへの熟成が進んでいなかったこと、そしてターボの過給が唐突に立ち上がるいわゆるドッカンターボだったことで、じゃじゃ馬と評されるものだったのだ。パワステなしで車庫入れは修行!/ホンダ NSX(初代)パワステなしはつらかったが集める熱い視線がそれをかき消してくれた 日本初のスーパーカーとの呼び声も高いホンダのNSXは1990年9月に登場し、当時のホンダ車としては頭一つ抜けた800万円という高額な車両価格となっていたが、当時はまだバブル景気の影響が残っていたこともあり、特に注目度が高いモデルとなっていた。 そんなNSXはミッドシップレイアウトやオールアルミモノコックボディなど、他のスーパーカーにも匹敵するキャラクターと性能を持ち合わせており、装備も本革電動シートやクルーズコントロール、フルオートエアコンなど充実していた。 しかし、MTモデルにはパワーステアリングが設定されておらず、ミッドシップというレイアウト上、走り出してしまえばそこまで苦にはならなかったものの、パーキングスピードではなかなか難儀を強いられるモデルだったのだ。シフトパターンがフリーダムすぎる!/トヨタ クラウンなどのコラムMT車6代目クラウンのコラムシフト。おかげで前席にも3人が座れた 今ではMT車自体が希少なものとなり、免許を取得する際も新カリキュラムではAT車での教習が基本で、後からMTの教習を受けるという形に変更されてしまっている。 そんなMT車の中でも、さらに運転の難易度が高いと思われるのがコラムMTと呼ばれるもので、その名の通り、MTのシフトレバーがフロアではなくハンドルのコラム(根本の柱部分)から生えているというタイプだ。 このコラムMT、操作自体はシフトレバーの位置が異なるだけなので、慣れてしまえばなんてことはないと思われがちだが、実はシフトパターンがメーカーによってまちまちで、例えばクラウン(130系)では手前に引いて下に入れると1速で、手前の上がリバースとなっている。 これが車種によっては手前の上が1速だったり一番奥の上がリバースだったりとパターンがさまざまで、シフトパターンを表すステッカーもコラムに貼られていて覗き込まないと見えないというトラップ構造になっていたのだ。挙動がデリケートすぎ!/トヨタ MR2(2代目)型式名SW20を名乗った2代目MR2。デビュー当初はパワーアップにシャシーが追い付かなかった 日本初の市販量産ミッドシップレイアウトスポーティーカーとして1984年に登場したMR2の2代目モデルは1989年に登場。初代のカローラ系からセリカ系にメカニズムのベースを変更したことで排気量は2.0Lクラスへと上昇し、ターボモデルでは225PSを発生させるまでに至っていた。 ただ、そこまでパワーが向上していた(初代はスーパーチャージャーモデルでも145PS)にも関わらず、ホイールは初代と同じ14インチで、タイヤ幅もフロント195リア205と初代の185サイズから2サイズアップに留まっていた。 もちろんトラクションコントロールなどもまだない時代であったため、クセが強いというよりは「危ないんじゃないの?」という評価が下されるほどのモデルとなってしまっていたのだ。 とはいえトヨタも最初のマイナーチェンジでこの辺りのネガな部分を真摯に対応し、終売するまでの1999年夏までに4回の改良を実施した。5型と呼ばれる最終形は、今でも高い人気を誇る完成度の高いモデルとなっていったのである。